ぼくは、大好きな海岸沿いを、いつものように歩いている。
大好きなペンタックスLXを持って。
40歳になり、都会暮らしを捨て、この海沿いに古い一軒家を買った。
40歳まで、ガムシャラに働いた。
広告カメラマンとして・・・
流行のファッションを撮り、心のこもっていないすばらしい笑顔を巧みに操るモデル達を撮る。
それが、かっこいいと思っていた。
自分も流行の服を着て、高級な車に乗り、スタジオに行く。
ぼくの周りには、いつも、金と女のことしか考えていない取り巻きがいた。
みんな、ぼくの事を先生と呼び、ぼくの顔色をうかがっていた。
それが幸せだった。
人生の成功者だと思っていた。
いや、正確には幸せだと勘違いしていた。
そんな時、ある女性と出会った。
彼女は、ヘアメイクアップアーティストの卵だった。
ある撮影スタオジオに彼女は助手としてやってきた。
白いTシャツにジーンズのシンプルなスタイルだった。
ノーメイクだった。
なぜかぼくは彼女に興味を持った。
普段であれば、ヘアメイクアップアーティストの助手になんの興味も湧かなかった。
というか、見下していたかも知れない。
でも、一生懸命に仕事をする彼女を時々見つめていた。
ふと、彼女を写真に撮りたくなった。
ぼくは、若い頃、女性のスナップ写真を多く撮っていた。
それも、働く女性をである。
働くといっても、広告写真のモデルでなく、普通の会社の事務員の人、駅の売店で働くおばちゃんなど、日常の仕事をする女性の姿を撮っていた。
当時、その写真はぼくのライフワークになると思っていた。
でも、違った。
ぼくは、広告写真家で有名になると同時に、若い頃のような写真を撮る事が少しずつ減っていった。
だが、彼女を見た瞬間、撮りたいと感じた。
若い頃、撮りたいと感覚に任せてシャッターを押し続けていた気持ちがふと表れた。
でも、なぜか、ぼくは彼女に声もかけられなかった。
ぼくの立場から考えると、"モデルになって" という事は、いとも簡単なことだった。
若い頃、街で働く女性に、ドキドキしながら声をかけ、写真を撮っていたように、なぜか、彼女に声をかけようとすると、心臓が高鳴った。
(つづく)